ドミトリーは、ぐび、と喉を鳴らして酒をあおった。
「とはいえですねぇ……エリザベス王国もファクト王国も、『フィフス戦役』終結後に新しい国王を選出していますから、どちらの王国の国王も先代の王たちの後始末でギルティイノセント帝国と戦わなければいけなかったわけですよねぇ……。そういう意味では同情に値しますよ。エリザベス王国もファクト王国も、新しい王は人望の厚い穏健派の人物だったそうですし」
「そういやセブンス連合ってのは、ファクト王国の国王が大統領を務めていたんだったか?」
「はい。よくぞ覚えていてくれました。その通りです。セブンス連合はファクト王国国王のギデオン・エルズバーグを大統領として選出し、またディアド自治領の当主を副大統領に任命して、A・シュナイダー新皇帝率いるギルティイノセント帝国の四天王に対抗しました。ファクト王国もディアド自治領も魔法の研究の盛んな国家でしたから、きっと派手な戦いになったことでしょう」
「ことでしょうって、そこは古文書に書かれてないのかよ?」
「……ええ。残念ながら、古文書にはひとつひとつの戦場の様子までは細かく描かれておりません。ですからそこは読み手の想像力が試されるところです。が……!」
興奮したドミトリーが机をたたく。ダンッと音がして、机の上の酒瓶が揺れた。
「だからこそ書き手の実力も試されるところなのです!」
「待て待て。想像で書いたら嘘になるだろうが。私見を交えるな。余計な手を加えるな」
「ぐむむっ……!」
痛いところを突かれたらしい。役人から新解釈の歴史書の内容を書き直せとさんざん言われているドミトリーに、この言葉は効果抜群だったようだ。
「…………でもそう言うってことはつまり、私の執筆した本はともかく、ご先祖様の書いた古文書は本物だと認めてくれているってことですよね……?」
「…………」
今度は俺が黙る番だった。なるほど、こいつの言葉通りだと、そういうことになってしまうのか。そんなことはない、と思うんだが、毎晩ドミトリーの戯言を酒の席のこととはいえ真面目に聞きすぎたかもしれない。
「そうだ、いいことを思いつきました!」
俺が黙っていると、ドミトリーは椅子を跳ね上げて立ち上がった。
「なんだ?」
「よかったらこの古文書をお貸ししますよ。それで、あなたの解釈も聞かせてください」
「はあ!? 大事なものじゃないのかよ!?」
「もちろん大事なものですが、古文書の内容はすべて私の頭に入っています。それにあなたという方の人柄を信用してのことですから、預けることに心配はありません」
「いいよいいよ。こんなのは酒の肴にするくらいで十分だ」
「どうぞ遠慮なさらず! その代わり、内容を覚えるくらいは読み込んでくださいね!」
「ふざけんな。毎晩飲み歩いているからって、俺はそこまで暇じゃねーよ」
結局――その晩の呑み代はドミトリーの奢りということで話がつき、代わりといってはなんだが、俺はたくさんの酒瓶と一緒にその古文書を預かることになってしまったのだった。
(続く)