ドミトリーの死因は、なんてこともない事故だったらしい。
酒場のおやじの話では、下宿先で階段から落ちて頭を打ったそうだ。
歴史を塗り替えるなんて大言壮語を吐いていた割に、なんともあっけない死にざまだった。
そうなると先祖伝来という古文書をこれ以上、無関係な自分が預かり続けるわけにはいかない。俺たちは形見分けをしあうような仲じゃないし、葬式にも死に目にも立ち会えなかった単なる酒飲み仲間だ。
悲しくなかったといえば嘘になるが、ドミトリーの訃報を聞いて涙を零したリタほどじゃない。出会いも別れも長い人生にはよくあることだ。だからこそドミトリーとの関係にもどこかで決着をつけなければならない。そう思っている。
訃報の翌日。
俺はたまの休日を、今まで気にしたこともなかったドミトリーの住居に向かうことに費やすことにした。
下宿先というなら大家もいるだろう。もう
「ちゃんと読むまで返さなくていい」
というやつはいないのだから、親族が訪ねてくるまでこの古文書は大家に預けてしまえばいい。
「なんだい、まだ本が残っていたのかい」
しかし下宿先を訪ねて要件を伝えると、大家だという中年の女性は2階の部屋から降りてくるなりそう言った
「あの子の荷物なら、その日のうちに遠縁だって人たちが遺体と一緒に全部運んでっちまったよ。あんなにいっぱい本を持っていたなんて、ずいぶん勉強家だったんだねぇ」
どうやら出遅れたようだった。しかし死んだ日のうちに下宿先を訪ねてこられたということは、親類も案外近くに住んでいるのかもしれない。
そういえばドミトリーと家族や親類の話をしたことはまったくなかった。したのは酒の肴として聞き流せるような歴史談義だけ。やはり俺たちはその程度の関係だ。
「親族の人たちの名前や連絡先ってわからないか? それなら直接返しにいくからよ」
尋ねるとおばちゃんは、怪訝そうに俺を見返した。
「連絡先は知らないねぇ。もう故郷に帰ったんじゃないかい?」
「そんなはずないだろう。ドミトリーが死んだことはあんたが親族に伝えたんだろう?」
「そんなことしてないわよ。1階が騒がしいから階段を下りて行ったら、もう親族だっていう人が訪ねて来てたのよ。そしたらドミトリーちゃんが階段から落ちて亡くなったって。ほんとびっくりしたわぁ」
「待て待て。おかしいだろ。連絡も受けていないのに、どうして親類はドミトリーの部屋を訪ねたんだ? どこで死んだことを知った?」
「言われてみればそうねぇ。たまたま遊びに来てたのかね?」
「事故死なんだよな? 階段から落ちて頭を打ったって聞いたんだが? そもそもおばちゃんはドミトリーが死んだところを見てないのか?」
「見てないよ。でも親類の人があの子が階段から落ちて冷たくなってるのを見たっていうんだからそうなんでしょ」
……なんだそれは。だったら誰もあいつが死ぬ瞬間を見ていないってことじゃないか。
「なあ、この建物って2階には何かあるのか?」
「いいや。2階はあたしの部屋があるだけだよ。貸し出してるのは1階の部屋だけ。もっとも1階にはあの子くらいしか住んでなかったけどね」
「わかった。……最後にもうひとつだけ聞いていいか?」
嫌な予感がする。くそ。俺はドミトリーの死因なんてどうだっていいのに、なんでこんなことを考えちまうんだ。
「ドミトリーの部屋は1階にあるのに、なんでドミトリーは階段を上がろうとしたんだ?」
(続く)